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ちょっと素顔と経歴を 

好きなこと : あまり意識してはいないにもかかわらず自然の中にいることが、まず第一番目
         次に、写真を撮ること、散歩すること、音楽を聴くこと、山の中の温泉に入ること。。
        ハイキング、ドライブ、一人旅。

プロフィール : 生まれも育ちも東京、おじいさんから東京なので江戸っ子。
山羊座のB型、ちょっと口が悪い、というか緊張すると口が回らないときもある。仕事中は話さない。


経歴  さして誇れる経歴はありませんが、植木屋になろうと思ったのは、30歳後半
      この以前にも思ったのですが、あきらめていました。
      職業訓練校に入ったことが人生を決めたような気が、、訓練校で学んだ半年間が、公私にわたり財産になっています。

最初の植木屋さんでの弟子の時代が、20世紀の終わり頃、地元の植木屋さんでした。
次の植木屋さんでは、即、戦力に。自由な雰囲気の中、のびのびと仕事をし、
また、技術も自分から求めて学ばなければならないと言うことを感じながら3年間。

先輩職人さんに恵まれ、楽しいかった時代でもあり、本当の昔ながらの職人さんとも
一緒に仕事をやらせてもらった。

ガーデニングの勉強をするために町田ひろ子インテリアコーデネーターアカデミー、ガーデニングプランナー科に入学、
仕事を続けながら夜間コースに半年間通いガーデニングの基礎を勉強したのもこの時期。

つくば市の芝専門の造園工事会社に就職。道路の法面の芝張り工事ではリーダーをいきなり任される。
短い期間ながらも辛口社長のもとで、生き残りをかけて歩むことに目ざめさせられる。
今から思えば愛情のある社長だった。

東京に戻って植木屋のメッカ調布の植木屋さんのところでアルバイトを皮切りに、しばらく放浪する。

日本庭園のあるイタリアンレストランの庭園管理の仕事に就き日本庭園の清掃、
木々の剪定管理の仕事を年間を通じて1人でこなす。

やはり植木屋さんとしてやっていくことが所願であったので、いつのまにか独立の道だけが残されるだけと。
他社からのお誘いもいあったけれど、賭けをするつもりでチラシを蒔き続ける。


こういう写真を撮るのが好きなんです。絵は私の絵ではありませんが、、。
高麗、巾着田にて

生まれてからの足跡とこれから

昭和の高度成長期になる少し前に東京の中野区で、生まれたらしい。戦争が終わったのが、少し前であったらしい。

3歳くらいの時に、当時の道路がまだ舗装されていない土の道路だらけであった、練馬区東大泉に引っ越す。
畑や雑木林がいたるところに残っていた。

小学生になり夏休みは近くの森にクワガタムシやカブトムシを採りに、森の循環コースを決めて、毎日出かけていた。
新座の山の中にも、自転車で遠征した。自然のお花畑を、初めて目にする。 

普段の放課後には石神井公園にザリガニを採りに、友達と自転車で出かけた。

小学校の部活は工作部に入って、HOゲージの鉄道模型を作ったり、プラモデルを作ったりしていた。

中学生になって、体を丈夫にして精神力をつけるために、親から柔道部に入ることを勧められ、柔道部に3年間所属。
休み時間には、バレーボール、サッカーで遊ぶ。放課後は一人でテニスラケットをもって、中学校の体育館の壁で一人で壁うちをしていた。

蒸気機関車の写真を撮りに一人旅をするようになる。
学友と日曜日にはサイクリングで、大泉から奥多摩までまる一日かけて、2回ほど遠征。
ときたま一人で自転車に乗り、当時、水道道路と言われた新青梅街道ができる頃に、片道3時間あまりを走っていた。

地元の都立O高校入学後
同級生の映画作り(バイラバイレロレというタイトルの映画)にカメラマンとして参加し、文化祭で上映。ちなみにタイトルは
歌手の長谷川きよしの歌のタイトル

蒸気機関車の写真や8ミリ映画を高校3年まで、撮り続け、受験勉強をほとんどしなかった。

1浪後、都内の四谷にあるJ大学の経済学部経営学科に入学。

車の免許を取る。その後、車の修理にはまり、バイトしたお金を修理につぎ込む。

写真部に入り、部内は車で合宿や撮影に行く者たちの同期生の集まりとなる。

自動車部のラリーの夜間取材に写真部員の有志で出かける。

どういうわけかカメラマンの求職活動はせずに、就職活動では出遅れて不本意な会社に就職が決まる。
この頃は日本経済は『不透明な時代』と言われていた頃。

大卒後、某水中ポンプメーカーに就職し、貿易課で営業の仕事に就く。

いきなり社員旅行で暴行を受けて、後遺症で退職する。警察に届ければよかったと、ずっと後悔してすごしていた。
57歳で悩みが消えた。

30歳のころ、慣れ親しんだ練馬区の東大泉から、現在の東久留米市に引っ越す。

サラリーマンになってから、サラリーマンには向いていない自分を感じながら、
自分にとっての天職は何なのだろうか?と言う疑問を持ち続けながら、30代前半が、過ぎていく。

35歳を過ぎた辺りで、サラリーマンになることをあきらめて、手に職をつけたいと思い、自分探しの活動に本格的に取り組む。

30歳後半になって、植木屋への道が見えてくる。

職業訓練校のエクステリア(庭、外溝工事)科に入校。半年間、実地を含め勉強する。

卒業後、造園業の仕事に就く。

2002年からパソコンを勉強(お金がなかったので学校には行かなかった)し始めてホームページを作る。このHPは4つ目。

2004年10月 近所の庭木の剪定を依頼されたのを皮切に、植木屋を本格的にはじめた。チラシをどんどん撒いていった。

2005年6月 ガーデニング実践講座に参加

2005年10月1日ベランダガーデナー養成講座(ガーデニング実践講座)終了、登録ガーデナーとして認定されました。
           まだまだやらなければならないことが多いことを感じつつ・・。でもとても勉強になり楽しかった。

2007年7月 造園組合主催の1級造園技能士講習会に参加。課題作品をやっとのことで作る。

2007年10月24日 日本園芸協会の庭園デザイナー講座を終了。
(仕事をしながらの1年半かけての通信教育でしたが、無事終了)

取得資格:普通自動車免許・英検2級・2級造園施工管理技士・ガス溶接・電気溶接・玉掛・車両系建設機械免許・
不整地運搬車・刈払い機講習・TOEICスコア490・講道館柔道初段

趣味:写真撮影。パソコン。

これからの予定:特技を生かした教室を、東京オリンピックまでに開く予定です。



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